恍惚感の囚われ・・

「それ」を体験する前に「最後のハードル」が多くの人にあるかもしれません・・・

あなたのからだの中に眠っているエネルギーが一気に爆発するような体験をするかもしれません。

(代表的なものとしては)あなたがクンダリーニヨーガ等を経験しているなら尚更でしょう(だから、ヨーギ達は逆立ちみたいなポーズをとってみたりするのです)。その他、断食、ある種の特殊な呼吸法によっても同じような「至福の体験」をする事がしばしば起こります。さらには宗教儀式においても起こります(宗教的法悦です)決して悪いことだとは思いません。つまらん?銭勘定するよりよっぽど己の生に対して真摯な姿勢だと思います。

しかしながら、体験があまりにも「強烈」であるためにそこに囚われが発生してしまいます。Drugなども似たような効果があるので、ハマルわけです。

初めて経験するなら「それまでのエクスタシーを凌駕して尚表現しきれないほどの恍惚感」と感じるかも知れません。ものすごく魅惑的な体験です。だからこそ「最後のハードル」となるのです。残念ながら、これらの体験のほとんどは「脳内で作られる幻覚」「マインドが作る最も見事な物語」です。そしてそこで囚われがおきるのです。

「橋の半ばまで歩いてきて、あまりの素晴らしさに立ち止まってしまい、橋を渡る事を忘れてしまうのです」

これらの体験は「修行」「鍛錬」などを要するかもしれません、また菜食であるとか、禁欲であるとか・・・実にばかげたことです。

「それ」はあなたが思っているよりはるかに「自然」です。ごく限られた人だけが体験できるような代物でもなければ、修行を積む必要もありません。今この瞬間に「あなた自身が体験」できるのです。

理由は簡単です。「誰でももともと”それ”だからです」なぜあえて不自然なポーズをとったり、厳しい修行をする必要があるのでしょう?「ファッションで雰囲気をかもし出す」のとは違うのです。ごくごく自然に「ありのまま」で体験できます。

ただ、唯一言えることは「あなた(エゴ:自我)」が存在してるうちは無理でしょう・・・。

逆立ちしても、断食しても、何をどうしても「決して体験できないです」せいぜい橋の半ばまででしかありえないのです。

瞑想も同様です。黙って座っていれば瞑想か?にぎやかなマインドに付き合っているのでは「静かに座ってる人」でしかなく、本を読んだり、テレビを見たりしてるのとなんら変わりないのです。

橋を渡りきったとき、あなたが橋を渡ったことすら消えてなくなるでしょう・・・

一体「誰が」橋を渡ったというのでしょう?

「そこ」にあなたはもう居ないのですから・・・

楽しんでください。


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