ライフスタイル

「目的を見いだす→ビジョンをイメージする→目標設定→戦略立案→戦術作成→組織化、実践→管理→目標達成」ビジネスの基本形です。私の本業は経営コンサルタントですから、仕事ではいつのこのサイクルからブレないようチェックし、微調整しながらプロジェクトを推進します。私は(このブログで)仕事について、あるいは生活するための営みについて否定したことはありません、それどころか積極的に取り組んだ方が良いと考えています。

深山に隠り、仙人のような暮らしをする。ライフスタイルとして良いでしょう・・・

都会の真中の高層マンションに暮らす。ライフスタイルとして良いでしょう・・・

どちらでも構いません。

人が旅をするのは、 到着するためでは ありません。 それは旅が 楽しいからなのです。(ゲーテ)

資本主義経済社会において、山の奥深くで生活する方が安上がりかもしれません、しかし日夜「何かを我慢」して生活してるなら滑稽です。都会の高層マンションに住むにはそれなりにお金がかかるでしょう。リッチなライフスタイルを手にいれるために「何かを我慢し努力して生活しなければならないのなら」やはり滑稽です。 どちらにしても「いま、ここ」に生きていないのです。「生きる」と「生活する」は別物です。「生きる」常に「生きる」なのです。「それ」を体験すれば、深山のライフスタイルと都会のライフスタイルは「表層の違いでしかありません」どちらでも構いません。一切にのこだわりがないのです。どちにしても「楽しくそして愉しい」のです。

白隠の逸話を参考までに紹介します

あるとき、村の娘が父なし子を産みました。娘の父親は、誰の子かと問い詰めましたが、娘は頑として相手の男の名は口にいたしません。しかし、とうとう耐えきれずに、白隠さんの子だとウソをついてしまいました。父親が日ごろから敬愛している白隠さんの子であれば、許してもらえるだろうという娘の浅知恵でした。

もちろん白隠さんは、身に覚えのないことです。娘の父親は松蔭寺(白隠の住まい)に駆けこみ「この生グサ坊主!よくも娘をキズものにしてくれたな。さあお前の子だ、受けとれ」と怒鳴りながら、赤ん訪を突き出しました。白隠さんは、「おぉ、そうか」と赤子を受けとりました。

この日は飴湯や米の粉をといて与え、翌日からは村中を「もらい乳」して歩き回りました。それまで、高僧・傑僧として尊敬されている白隠さん、一転してとん でもない破戒僧とさげすまれ、弟子たちはもちろん信者も離れていきました。それにもかかわらず悠然ともらい乳して歩き、赤子を親身になって育てる白隠さんの姿に、当の娘のほうがこらえきれなくなり、ついに父親に本当のことを白状しました。

驚いた父親は、さっそく白隠さんに非礼をわび、赤子を返してほしいと恐るおそる申し出ました。このときも白隠さんは「おぉ、そうか」と、泰然として赤子を返したといいます。

人が旅をするのは、 到着するためでは ありません。 それは旅が 楽しいからなのです。(ゲーテ)

Enjoy!!

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