比較

損得、善悪、好き嫌い、正邪、良し悪し、大小、高低・・・おおよその言葉は相対的にある気がしませんか?2項対立、西洋的と表現しても良いのかも知れないし、デカルト的といっても良いのかも知れませんが・・・要するに「一対」として初めて意味を持ち始めるのです。

そして、両極の間があるのですね、損得なら損得の量?とかです。最大の損と最大の得の間ってことです。小学生の頃「背の順」「成績順」とか順番があったでしょう?序列をつけたり、基準を作ったりして「判断」しているのです。所得が多いとか少ないとか、土地が大きいとか小さいとか、若いとか年寄りとか、可愛いとか、カッコいいとか、太ってるとか痩せてるとか・・・・

「比較」です。マインドは区別する装置です。そして比較します。結果として「欲望」が喚起されるのです。

「今よりもっと快適に●●しませんか?」

「今よりもっと安く●●しましょう!」

「今よりも・・・・」

今と将来の比較ですね!!

一切の「比較」を落としてみましょう!!区別するのは生活する上で必要な能力ですが、比較するのは必ずしも必要ではありません。というより比較は本来無意味です。なぜなら両極の間でしか意味を持たず、さらにその極ですら「相対的」なのだから・・・

「優越感は同じ基準であなたに劣等感を抱かせます。」

「尊厳は同じ基準であなたに卑屈をもたらします。」

「大は小を作り、前は後を作ります。」

「上は下を作り、中は外を作ります。」

・・・・・・

さぁ、そろそろ愚かな比較を止めましょう・・・

ただ「観照者」として在り続けましょう・・・

最高最大の無限を、最高最大の永遠を、最高最大の愛を・・・

あなた自身が「それ」なのだから・・・

楽しんで!!

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