信じる・・・

信じる・・・素晴らしい言葉です。信仰する・・・さらに敬虔な感じがあります。

宗教家であることと神秘家であることはまったく違うということをお伝えしましょう。

信じる、・・・・「神」、「仏」、「死後の世界」、「天国」・・・・これらを信じることは悪いことではないでしょう。また、その時々において人生上役にたつことも多々あると思います。あるいは、「霊」「魔」「占い」・・・等も同様でしょう。

「誰か」を信じたり、「何か」を信じる、「信じるものは救われる」そうかもしれません。

しかし、「信じるという行為」の背後に必ず「疑い」が存在していることを見逃してはいけません。理由は簡単です。「信と疑」は相対的に存在する概念でしかないのです。「表と裏」の関係と表現すればわかりますよね・・・

「それ」を信じるとか疑うとかは「それ」を知らない人が使う言葉なのです。「それ」を知ってる人は信じるとは決して言いません。当然ですね、「知っている」のだからです。

山村で海を知らない少女が、海を見て帰ってきた少年に尋ねました。

少女 「どこに行ってきたの?」 少年 「海だよ!」

少女 「海?」 少年「海って言うところだよ・・・凄く広くて、砂浜があって・・・」

少女「どれくらい広いの?」 少年「端っこが見えないほど広いよ!!」

少女「じゃ、この村と同じぐらいかな?・・・だって端っこが見えないもの・・・」

・・・多分この少女は決して正しく海を把握することはできないでしょう。。。

人は自分の経験と知識でしかイメージすることができないないのです。決して知ることはないのです。誤解する程度です。「非常に似た」イメージまではもてるかもしれません。しかし、実際とは違うものなのです。「大きな湖」と「海」は似ています、が違います。

そして少年は少女にこういうのです

「とにかく僕のことを信じろよ」と・・・

「それ」を知ってる人が「それ」を伝える→説法という?(神秘家)

「それ」を信じる人が「それ」を伝える→説教という?(宗教家)

この差異はとてつもなく違うことをなんとなく感じてもらえたでしょうか?

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信じる・・・ への1件のフィードバック

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