予言?預言?

今回はチョット私のことについて書いておきます^^;

読者の方から、今回の震災を受けて「今後どうなるんですか?」というメールを頂きました。とても難しい質問です。このような問いかけの前提は「回答」として「常識的な範囲での回答」が求められます。私は占い師でもなければ、預言者でもありません。もの凄く現実主義者です。この一瞬のリアリティのみが全てだと言っても良いかも知れません。だから「今後」という時間の設定が違いすぎるのでとても答えにくいのです。

しかし、前記事に記載したように「特異体質」が故に身体が反応します。私にとっては「イマココに起きてる」ので過去でもなければ未来でもありません。

2009年7月の記事です。そろそろ不自然なことはやめてみないか?(笑) http://t.co/4mJgpoc via @zenbackThu Mar 31 16:45:03 via Tweet Button

上記は昨日のツイートです。2009年の7月の「仕事人100%」のブログ記事です。この日のことはよく覚えています。今回の災害を予知したわけではありませんが、この日は身体が静かに流れていました(この表現そのものがわかりにくでしょうけどw)自分が空間の隙間になめらかに滑りこんでいく感じです。エネルギーフィールドに身をゆだねる心地良さが格別です。景色が変化していきます。一般的に表現される「自然」が全てに行き渡ります。人口的な「モノ」はエネルギーフィールドに溶け込みます。揺らぎながらも「それ」の秩序があります。もちろん私は秩序そのものですから「静かに流れるのです」

マインドはいつも限定的であり「解釈」をします。マインドの奴隷になっている限りは「絶対に起きない体験」だと思います。この体験をもたいない人は「今後どうなるのか?」と将来をマインド的解釈で「わかりたい」のだと思います。だから占いであったり、インチキな精神世界かぶれしてる人たちは乱暴に表現します。乱暴というのは「表現できない」のに表現するからです。

この理性の断絶で書いているように、「身体の微細な反応」を感覚せねばなりません。そして感覚したことを「表現するのは無理があります」何しろ本当に感覚すれば「時空は消え失せます」、だから「時空の共通認識がない」ので、そこには絶望的な断絶があります。

それでも、あなたはまだ「マインドの奴隷」で生きますか?

将来を憂いて生きていきますか?(=将来を夢見て生きていきますか?)

ビクビク怯えながら生きていきますか?(=ワクワクときめきながら生きていきますか?)

どちらも同じです。マインドの奴隷です。

もうそろそろやめませんか?

ではでは、

Let  in go!

Enjoy meditation!!

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