瞑想について・・・

「それ」についてどれだけの知識をもっても「何も変わりない」ということはそろそろ理解していただいたかと思います。このブログではこれからも「それ」を表現したいと考えてますが、「決して頭でっかち」にならないで下さい。誰かの話を聞いても、たくさん本を読んでも良いでしょう。しかし「頭でっかち」になることは「マインドに餌」を与えるようなものです。ますます「それ」からは遠くなります。

「それ」はあなたが直接体験しなければ決してわからないでしょう。。。また体験の仕方にも個人差があるので、優劣や良し悪しなどもありません。そしてその体験を語る「言葉もまた違います」(説法)

瞑想は通常「ありのままに見/鑑/観る」事を目的とします。したがって方法、作法、儀式、等に拘る必要はないどころか、拘る方がナンセンスです。また宗教的な雰囲気などもどうでもよいことです。正しい瞑想方法というのはありません。

ただ、上記のように目的はあります。(個人的にお薦めの瞑想方法はヴィパッサナ瞑想です。インターネットで調べればたくさん情報がありますから探してください。)

現代社会は情報があまりにも氾濫し、マインドがとてもにぎやかです。このマインドを静かにさせる事がスタートになるでしょう・・・1人で居ても「おしゃべりしすぎ」です。ありとあらゆる思考や感情がそれこそ昼夜を問わず駆け巡っています。

なので「あなたは自分が呼吸していることすら忘れているのです」

ヴィパッサナは呼吸を観察(観照)することに尽きます。もちろん体の各部位の観察、動作・・・あらゆる感覚も観察します。この瞑想は「いま、ここ」に居続けることに繋がります。

ちなみにこの瞑想は釈迦の瞑想と言われています。もちろん彼は宗教家でなく神秘家です。更に言えば彼は霊の存在を否定し、輪廻転生を否定しています。ほとんどの宗教が、先祖だの霊だの前世だのと表現してますが「物語です」

まずは簡単なことを観察するとよいでしょう。たとえば「歩く」という行為を観察し続けてください。観察し続けるのは実に困難だと理解できることでしょう・・・ほとんどの人は「5分もすれば、歩く動作を見失って、自動的に歩いています」その時はマインドに支配され、電車の時間が気になってるかもしれないし、仕事のことかもしれないし、人間関係のことかも知れません、「とにかく何かを考えてるはずです」これがマインドの主要業務です(爆)

観察し続ける事ができた人は、もっと細かい動作を観察するといいでしょう・・・関節やくるぶしの動き、体重のバランス感覚など、日常的なあらゆる行為の観察をお薦めします。そうすればいずれ「呼吸だけを観察し続けることができるでしょう・・・」

更に、その先を記述しておきます。「それ」に出会います(ハプニングのように起きる感じかもしれません)。観察する「あなた」と観察される「対象」が同時に消滅します。その刹那に「あなた=それ」が起こります。「絶対に理性ではたどり着けないし、もちろん説明すらできません」

「説明不能な体験を経験するはずです」

さて、面白いことに気付きましたか?

瞑想の目的は先述のごとくあるのです、しかし、その目的を飛び越えて?あるいは突き抜けて?全てを見失い、同時に全てを発見するのです。

瞑想のスタートは「マインド」が始めるのに、最後は「マインド」が消えうせるのです。

例えて言うなら語学勉強の時の辞書のようなものです。最初は辞書が必要ですが、マスターすれば辞書そのものが不要になるのです。

マインドに隷属する事無しに「生を楽しみましょう!!」

では、また・・・

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瞑想について・・・ への2件のフィードバック

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