ゲシュタルトの詩(祈り)

いきなり引用です。

 

自分にできること-3 「出合った人達に関して」(時間がある方は「あとで」読んでください)

 

私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。

私はあなたの期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

そしてあなたも、私の期待に応えて行動するためにこの世に在るのではない。

もしも縁があって、私たちが出会えたのならそれは素晴らしいこと。

出会えなくても、それもまた素晴らしいこと。

この詩(祈り)は有名なのでどこかで目にしているかも知れません。とても素晴らしい詩だと思います。大好きな詩です。さて、一言で言えば、「私は私、あなたはあなた」と言ってるだけです。身も蓋もないですね。 英語だとこんな感じでしょうか?I am okey, you are okey!!

誰かに好かれるように生きる事は決して悪いことではありません。しかし、誰かに媚びるようになるとどうでしょう?もちろん、誰かに嫌われるように生きたい人はあまりいないでしょう。結果として嫌われる人はいるでしょうけど・・・

私達は「繋がりの中で自分を確認する」生き物なのかも知れません。そこには愛情も生まれるでしょう、同時に憎しみもあるでしょう。サラッと表現すれば好き嫌いです。よく言われることですが「愛」の反対は憎しみではなく「無視」だと・・・

そのために(人間関係を維持するために)、自分を偽ってるとしたら、本当のあなたはどこに居るのでしょう?

本当はありのままの自分を受け入れてもらいたいのでは?

ありのままの自分をさらけ出すことは、少し怖いかも知れませんね!

「今のままで充分満たされています」とカウンセラーやコーチが伝えたとしても虚しく聞こえるはずです。なぜなら、あなたは決して奥深いところでは満たされていないからです。人間は孤独になるのを極端に怖がる生き物です。だから「(自分を)偽ってでも繋がっていたい」のかも知れません。

もし、あなたが「誰かに」ありのままを受け入れてもらいたいなら、ありのままを示す事が必要です。あなたが自分自身を本当に大切に思うなら、「何かに」さらけ出し、明け渡す必要があるでしょう。瞑想などしなくてもこの一点、この瞬間に何か大きな変容が訪れる可能性があります。必要なのは未知の出来事、「相手に」拒絶される(かもしれない)恐怖を乗り越える勇気だけでしょう。

色 | 理性が断絶する瞬間

知識がマインドからすべて落ちる瞬間、「それがあなたを乗っとります」(明け渡し:サレンド(サレンダーsurrender)、受容:アクセプト、アクセプタンスacceptance)

そうです。全てはマインドが作り出した「経験知」でしかありません。

そんな時、冒頭のゲシュタルトの詩を思い出してみましょう!

そう、「私は私、あなたはあなた」です。

「それ」を体験するには未知なる領域への飛躍が必要です。

それも一人で飛び立つ必要があります。

「全世界の人があなたを無視しても、あなた自身が、あふれんばかりの愛であなた自身を抱きしめればOkeyでしょう?」

そして、あなたは「在る」こと、全てが在るということを発見するでしょう!!

「私はあなた、あなたは私」ってね

ではでは、

Enjoy your life!!

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